
「拘束型心筋症・・・・予後不良・・・・心臓移植以外は助からない・・・・」
医師の言葉が飲み込めず,ボーッとしていく意識の中,頭の遠くでその説明を聞いたあの日から1年半・・・
闘いと今日生きているということへの感謝の毎日でした。
「間違いであってほしい」
わずかな望みを持って行った検査で「拘束型心筋症の疑い」は「拘束型心筋症と断定」に変わってしまい,
一人戻るアパートの一室で毎晩泣き明かし,翌日には真っ赤な目と泣きはらした顔で,宏典の病室に向かったのは
つい昨日のことのようです。
泣いても泣いても,現実が変わることは決してありませんでした。
そして,そこでであった医師から,「移植の道に進むことが,本人にとって本当の幸せとは限らない。」という言葉を頂き,
宏典の幸せ探しが始まりました。
本当に苦しかった。わが子の命の選択を親である私たちがしなければならないのです。「宏典にとって幸せな道とは・・・。」 行き着いたところは,そこで宏典の時間が止まってしまうかもしれないし,たとえ成功しても,その後,また苦しむことになるかもしれない 移植の道ではなく,宏典に与えられた時間を家族に囲まれて幸せいっぱいに過ごさせるという道でした。
「家族と過ごし,最後は私の腕の中で・・・・・・。」 その覚悟を持っての選択でした。
おかげで,このたびの入院をするまでの宏典は,自宅で家族に囲まれ,幸せな生活を送ってまいりました。 ところがこのたびの入院で,自宅に帰るめどが立たない状態になってしまいました。
先日,3歳の誕生日を病室で迎えました。
1年半前に医師から迎えるのは厳しいだろうと言われた誕生日でした。
その日から,私たちの中で何かが変わり始めました。難しいと言われた3歳の誕生日まで命をつないできた宏典のその強い
生命力に今度は親である私たちが答えてやらなければならない番だと強く思いました。
ただ,移植の道は,本当に重たい道でもありました。
私たち家族だけの問題ではなく,海外で行われるため,多額の費用がかかり,多くの方の協力なしでは進めません。また,募金
活動や移植の事実をオープンにすることで,親や兄弟も巻き込む。簡単に進める道ではありませんでした。しかし,腹水でパンパンに
なった宏典の体に限界を感じ始めたとき,耐えられる精神の限界が来ました。
「助けたい,助けたい。何が何でも助けたい。神様を敵にまわしたっていい。お願いします,助けてください!!」
その思いは巻き込むであろう人たちみんなの願いとなりました。
現在,宏典は重度の心不全状態で,腹水がかなりたまり,お腹は臨月を迎えた妊婦さんの様にふくれ上がってしまいました。
いつどうなってもおかしくない状態です。一刻も早く渡米させてやれたらと願うばかりです。
移植手術を可能にするためには今ここに集まってくださった皆さんのお力をお借りして,移植手術に向かっての費用を募金活動等
で集めなくてはなりません。
私たちのために相当な負担と労力を背負わせてしまうことが,本当に申し訳なく心苦しいのですが,皆様のお力をお借りしなくては
,宏典の命は渡米までに消えてしまいます。
どうか,どうか,ここにお集まりの皆様。宏典の命を救うため,私たちにお力をお貸しください。
「ひろくんを救う会」準備委員会にて「母よりの手紙」