最近のひろくん
平成20年6月29日
「ホルダー心電図」
以前から、ちょっと気分が悪くなった後眠ってしまい、起きては吐くという気になる症状があり、ホルダー心電図で心臓の機能から来てはいないか念のための検査をしました。
ホルダー心電図とは24時間心電図をチェックし、活動状況とを記録し、心電図と照らし合わせながら異常を見つけていく検査です。検査結果上は、心臓の機能から来ているという心配はなさそうだということで、今後どのくらいの頻度でその症状が現れてくるのか長い目で観察していきましょうということになりました。心臓の機能から来るものではなさそうだということでひとまずほっとしました。
引き続き、この症状については注意深く観察していこうと思います。活発に遊んだり、興奮して遊んだりした次の日などに起こることが何回かあったことから、「本人は無意識に遊んでいるが体にはちょっと無理がありそういう症状で出ているのかも知れないので、1年前のあの状態からの今ということをしっかりと頭に置き、周りが少し抑制してあげる必要がある」とお医者さんにもアドバイスをもらいました。元気に見えても本当にそうだな、瀕死の状態からの今なのだと私たちも自分自身に言い聞かせなおしているところです。
「ぼくの保育園」
医師から保育園に行く許可がおり、長い期間闘病し集団の中に入る経験をしたことのない宏典は、市内にある未就学児のデイケアセンターに保育園へのステップとして通い始めました。
母子一緒に通う施設で工夫ある活動と熱心な先生方、そして温かい雰囲気に助けられ、宏典もすっかり気に入り、「今日も保育園に行く!(本人はお兄ちゃんたちも行った保育園だと思っている)」と楽しみに通っています。
ただ、免疫抑制剤を飲んでいることから、感染症の子が出るとしばらくお休みしなければならないのでなかなか続けて行けないのですが、これは小学校にあがっても、中学校にあがっても免疫抑制剤を飲む限り宏典にはずっとついてまわることなので、今から心しておかかなければならないなと痛切に感じています。
それでも、こうして家で過ごし、保育施設にも行ける日があることはとても幸せなことなのだから、今のこの状況もありがたく受け止めていきたいと思います。「ぼくの保育園」でのお気に入りは、カラーボールのたくさん入ったプールです。私も一緒に入れられ二人でカラーボールのちょっと冷たい感触を楽しみながらボールの中に埋もれています。まだまだみんなと椅子に長く座れなかったり、先生へのあいさつが照れくさくて言えなかったりですが、階段を一歩一歩あがるように前進していけたらなと思います。
平成20年5月25日
「たくさんの経験」
昨日パパさんが今年初の蛍をみつけました。夜眠る前に子供たちの眠る部屋にもってはいったものだから、大騒ぎです。宏典も目をらんらんとさせ恐る恐る蛍にさわり、そおっと、そおっと手のひらを開いたり閉じたりしながら初めて手にする蛍を楽しみ、やさしく外にかえしてあげていました。
「また来てね、お家に帰るんだよ。ばいばい!!」子どもたち3人で今年初の蛍くんを見送り私は蛍の儚げな光になんて幸せな瞬間なのだろうと、子供たちとわずかな時間を精一杯生きる蛍を思わず感慨深く見つめてしまいました。
宏典は、順調に成長し、顔つきもお兄ちゃんらしくなり、背もずいぶん伸びました。保育園に行く許可が出たので、今週から少しずつ試しているところです。初日は、1時間くらい遊んだところで気分が悪くなってしまい、帰ってきました。
実はひとつ心配な症状があり、それがたまたま当たってしまった感じです。この症状については今ホルター心電図などつけたりして検査中ですが、心配になると黒い雲はふくらむばかりなので、大丈夫と決めて雲は吹き払い、毎日生活しているところです。ですので皆さんも心配せず、「ひろくんは大丈夫」と信じてよいエネルギーを送ってやってくださいね。
ゴールデンウィークのある一日は、半日楽しく公園で遊びました。はじめて遊ぶ遊具がたくさんあって、宏典も高いところまであるジャングルジムにパパさんと果敢にチャレンジ、ほんと怖いもの知らずでどんどんお兄ちゃん達のすることは自分もできると思いこみ挑戦するので見てる方ははらはらドキドキ。日曜日には、 地元のお魚まつりがあって、魚を触れるコーナーではトビウオやサメの子どもをわしずかみ、ヒトデもハリセンボンもなんのその。益々、やんちゃ坊主に磨きがかかってきました。管理上、してはならないこともいろいろとあり、自分もやりたいという気持ちとこれだけは守って生活しなければならないというところで欲求と我慢の葛藤が成長に伴いいろいろと出てきそうです。
「MくんとMくん母との再会」
ゴールデンウィークの最後の日に、日本の病院で一緒に入院していたMくんに会いに行きました。Mくんは現在14歳、生まれてすぐに病気がわかり長い間闘病してきました。とっても利発でお母さん思いのとってもかわいい男の子です。お母さんは実に献身的で明るく、そして強い人でもう10数年もの間夜中の点滴等の管理で朝まで熟睡したことがありません。一緒に入院していた当時も、Mくん母も私もがちがちな体に、長い入院生活は体にこたえるねとよく二人で頭痛薬を飲み、その労をねぎらい合っていました。そして、移植への道に迷い迷っている私の苦しみを一番理解してくれていたお母さんでもあります。
私は、今こうして宏典が命の危機を脱し、当時に比べたら全然気の楽な日々を送らせてもらっていますが、Mくん母は気の休まらない日々をずっと送り続けているのです。何もできない私は、Mくん母の体が少しでも楽になればとマッサージをさせてもらいましたが、背中も肩もすべて信じられないくらいガチガチです。私の指はその硬い背中にことごとく跳ね返され、どこまでほぐすことができたのやら。しばらく、再開の時間を楽しみ、一緒に写真をとりお別れとなりました。Mくんは現在貧血がひどくしんどい体ですが、宏典との時間を大切にしてくれ見送りも出てくれました。最後は、もう目がつぶれているのに手をふってくれて。Mくん、Mくん母、何もできない私たちだけどずっとずっと共に闘う同士として、そして支え合う仲間としてこれからも共に応援しあってそして強く笑って行きましょうね。
Mくんの調子のよい笑える日が多くありますように。次は夏の再開を約束した二人、その日が今から楽しみです。それまでそれぞれの場所で頑張りましょう。
平成20年4月30日
「定期外来」
月に一度の大阪大学附属病院への定期外来では、移植を受けた子供たちやその親御さんたちと会える移植した家族の交流の場にもなっています。4月末の外来でも、宏典を含めて6人の子供たちが集まりました。
親たちは、そこで、ちょこちょこ起きたいろいろな症状やその時の対処の仕方など情報交換を行います。移植手術から1年あまりの私たちにとって、先輩のお母さん方から聞く情報は心強く、そしてまた、同じ移植後の子供をもつ親としての様々な心配を共有できる仲間として支え合っている感じがします。
移植仲間の子どもたちは、一番上のお姉ちゃんを中心にみな一緒に遊びます。いつも男の子は宏典だけなので、お姉ちゃんたちにあれやこれやとお世話をやいてもらいながら、とっても楽しそうです。
バラエティ番組が大好きな宏典は、おどけて芸人さんの真似をしてみたり、得意の一人闘いごっこ(闘いをしてやられる真似)をしてみたり。両手をお姉ちゃんたちにつながれた宏典の顔は、なんとも嬉しそう。家では、兄二人となかなか激しい遊びの多い中、女の子の優しい関わりは、なんとも言えない心地よさがあるのかな。
今回の外来では、身長が97.5cm体重18.2kgでした。身長は、帰国時より9.5cm体重は3kg以上増えたことになります。走る時の足もまあまあ上がるようになり、宏典のペースで成長発達を取り戻しているようです。このたびも、みんな元気な顔で会えて良かった。ここで会う移植した子どもたち の成長が本当に楽しみです。皆がとびきりの笑顔でいられますように。
「いつもありがとうございます」
移植から1年以上経った今も、宏典のホームページを1日100人以上の方が見てくださっています。いまだに多くの方に見守っていただけていることが、とても心強くありがたい気持ちでいっぱいです。いつもありがとうございます。この近況報告を通して皆さんに何が伝わっているのか、何を伝えたらいいのか手さぐりしながら近況を綴っています。これからも、もしよろしければこれまで同様宏典を見守っていてください。そして、宏典の成長や元気な姿が少しでもこのホームページを開いてくださっているみなさんの元気のエネルギーやちょっとした心の栄養になってくれていたなら、本当に嬉しいことです。どうか、今日も一日見てくださって いるあなたが幸せに包まれて過せますように。今日の命に感謝できますように。これからも、よろしくお願いします。
平成20年4月10日
「さくら さくら」
桜の花も咲き誇り、春真っ盛りな季節となりました。去年は、腹水が溜まり始めてから外には一切出なくなり、病院の長いベッド生活から、再び初めて自分の足で外に出て歩いたのが、たくさんの桜の木が植えてあるコロンビア子ども病院の中庭でした。
グリーンの芝生がとても眩しく美しい中庭で、たくさん植えてある桜の木がピンクのやわらかな花を風にくすぐらせて、命いっぱいに咲き誇っていました。宏典は、まだリハビリ中で私にしがみつきながら、ゆっくりゆっくり足を運んで、落ちている小枝をふむ「パキンッ!」というのが楽しくて楽しくて。辛いリハビリに泣いていた宏典も、この中庭では無意識に足を動かし、両足で立つ時間が長くなって、しかも笑顔でよいリハビリができたのでした。
今年は、日本の桜の木たちを眺めながら、あの中庭の桜もとってもきれいだったけど、やっぱり日本で見る家族そろっての日本の桜は格別だなあと、今日、家族そろって桜の花を見ることのできたことに感謝しました。
宏典も大はしゃぎで、お兄ちゃん達について駆け回ったり、最後には土手をよじ登ろうとしたので、土を触ることの良くない宏典を慌てて、抱き下ろし、そこでアクシデント!抱き下ろす際、腰をひねってしまい、ぎっくり腰になってしまいました。嬉しい一日に痛いアクシデントとなってしまいました 笑。
これからも、歩けなくなって、外に出て再び土の上を歩くことのできた時のあの喜びを、時折思い出し、いつまでも忘れないようにしたいものです。
今年も、コロンビア子ども病院の桜たちは、あの中庭でたくさんの患者さんやその家族たち、そして職員の方々の心を癒してくれていることでしょう。自然の偉大で美しい生命力は、いつも、どの時代も、私たち人間の心を癒し、強く生きることをやさしく諭してくれるように思います。
「命のうた (モンキーラビット)」
久しぶりに、宏典のためにモンキーラビットという二人組の歌い手さんがつくってくださった「頑張れ命」を宏典が口ずさんでいた。「わずか 三歳の小さな命に おそいかかってきた大きな壁・・・何が僕にできるだろう 何が君にできるだろう ・・・・君よ聞こえてますか ぼくらのこの声が・・・君に聞こえるといいな・・・一人じゃないから 一人にはしないから・・・みんながそばにいるから」鼻歌交じりで、楽しそうに自分の歌をうたっている。
急いでCDをかけると何度もご機嫌で歌い、モンキーラビットの他の曲のリクエストもかかった。(「スマイル 」)そして、「おさるさんのお兄ちゃんとうさぎさんのお兄ちゃん、いつ遊びに来るんかね?」(歌詞の中に「元気になったらどこかに遊びに行こう」というのがあってそれを言っているようです)といい、この前見たポスターのお二人が髪を切られていたため、いつもDVDの画面の中で話かけてくださっていたお二人とは違うらしく、「でもお兄ちゃん達、違ってるからわからんね」などと言っている。
入院中何度も何度も聞いていたこの曲は、やはり今も宏典のお気に入りです。三歳でこんな素敵な命の応援歌、ラブソングを贈っていただいた宏典は、辛く苦しいこともたくさんありましたが、幸せ者だなと思います。モンキーラビットさん、世界にたったひとつのすてきな曲をどうもありがとう!今度は応援する側にまわって、お二人の活躍を見守らせていただきたいと思います。これからも、人の心に響く曲を、なぜかぽっと心温まる曲を、心をのせて届けてくださった「命のうた」のように、作り続け、たくさんの方に心で歌い続けるそんな歌手であり続けてくださいね。
平成20年3月28日
「大きくなったら仮面ライダーになる!」
最近、朝起きると、「俺!ようやく参上!」といって、二階から顔を出します。仮面ライダー電王のセリフです。毎朝、つい吹き出してしまうのですが、本人は、その登場の仕方がとても気に入っているようです。
「仮面ライダーみたいに強くなるには、どうしたらええんか(良いのか)?」と聞いてくるので、「ごはんをいっぱい食べて、牛乳飲んで、たくさん遊んでいい子だったら、仮面ライダーみたいに強くなれるかもしれないね。」というと、牛乳を頑張っておかわりして飲む始末。入院中、ベッドの上で、ずっと仮面ライダーのDVDを見ていたせいでしょう、戦いごっこが相変らず大好きで、「俺は、愛と自由と平和を守るんだ!」が最近の決め台詞。しかも、昭和40年代の仮面ライダー1号2号V3が、一番好きなので、私たち親の世代とライダーの話が真剣にできるから、笑ってしまいます。
1月にインフルエンザにかかって以降は、ちょこちょこ風邪などの感染症をもらい、すっきりと調子の良い日が少なかったのですが、ようやく春を迎え、宏典も調子の良い状態が続いています。やはり、インフルエンザのような強い感染症の後は、抵抗力が落ちるためか、ちょこちょこ感染してしまうのでしょう。いずれも、大事に至らず、家で無事乗り切ることができました。
そして、腹水が相当溜まっている期間が長かったため、術後、腹水が抜けてもペンギンさんのようにお腹を少し前に突き出したような体型と歩き方でしたが、この頃は、お腹の皮もしまり、ずいぶんとすっとした体型になってきました。
帰国時の体重は、15.8kg前後でしたが、今は17.6から18.0kgになりました。身長も、88cmだったのが今は94.5cmくらいになりました。すくすくと体も成長してくれ、顔も丸顔から、ちょっと面長になって、お兄ちゃんっぽくなってきたような気がします。2年近く、成長の止まっていた宏典ですが、お陰さまで、体も心もすくすくと成長してくれているようです。嬉しい限りです。
平成20年2月23日
「移植手術から1年」
昨年の今日、2月23日深夜から24日未明にかけては宏典の移植手術が行われました。あの日から丸一年。この一年何事もなく無事に過ごせた事に安堵しています。手術の2日前に、これ以上悪くなると、もう移植手術もできなくなるかもしれないと言われたことを思い出すと、今ここに元気な宏典がいてくれることが本当に 嬉しくて、ありがたくてたまりません。
それと同時に今日は、ドナーのお子さんの命日でもあります。ドナーのお子さんの代わりに大切にしている天使の絵の前に宏典と花をそえ、宏典の中に生きるその子にあらためて、「ありがとう」の気持ちを伝えました。宏典は、毎晩、眠る前に「天使ちゃん、今日もありがとう。おやすみ。」と言って眠りについています。
そして、24日は宏典と共に1か月あまり移植手術を待ち続け、同じ日にドナーが現れ、移植手術となったアメリカの1歳の男の子の命日でもあります。
その男の子は、手術の途中で亡くなってしまいました。その子は、宏典よりも状態が悪く、エクモという機械に頼って命をつないでいました。移植までの待機の間、その子の お母さんの誕生日に3羽の親子の鶴を折って贈ったことから、その子のご両親は宏典の病室に吊るされていた千羽鶴に興味をもたれ、ついには、その子のために千羽鶴を折りあげたのでした。その千羽鶴を折るのに、たくさんの病院スタッフも協力し折り上げたことから、宏典とその子と同じ日の移植手術とわかった時、病院のフロアは「日本の千羽鶴がうんだ奇跡だ!」とそれはもう、わきかえったものでした。
待機の間、状態の益々悪くなる宏典に寄り添い、移植手術の2日前には、「これ以上、悪くなれば、移植手術も受けられなくなります。」と言い渡された私を、支えてくれたひとつが、その子のお母さんとお父さんのわが子の回復を信じて鶴を折り続ける姿でした。共に励まし合っていたその子のお母さんと、同じ日に移植手術が受けられることになったとわかった時、「待ち続けて、待ち続けて、今日が二人の新しい誕生日になるのね。」と彼女が言い、互いに抱き合って泣きました。
宏典は、朝から手術に向い、その子は夕方からの手術となりましたが、翌朝、心配で覗いたその子の部屋にその子はいませんでした。同じ日に移植手術となり、生死の明暗をわけてしった二人の運命は、あまりに辛く悲しい事実でした。それでも、辛い待機時間の気持ちを分かち合っていた母親同志のつながりは深く、今も 親交を深めています。その子のお母さんとは、「その子は天使となって、病気で苦しむ子どもたちを励まし見守るお役目を、宏典は命の瀬戸際から元気になったその姿をもって、多くの移植手術でしか助かる道のない子供たちの希望の光となるお役目を神様にいただいたんだね。病気で闘う子供たちが、たくさんの愛で包まれますように。いつか、病気に打ち勝てますように。いつか、この子供たちにとびきりの笑顔が戻りますように...と祈りましょう。」と話しています。
闘病、移植への道、募金活動、渡米、移植手術、術後の経過...宏典が今ここに、元気でいてくれることは、1つの奇跡だけでなく、いくつもの奇跡が合わさってのことです。移植手術から、1年。この1年を無事に過ごせたこと、今日、ここに宏典が生きていてくれること、家族で家で過ごせること、たくさんのことに感 謝し、1日1日を大切に過ごしてまいりたいと思います。
平成20年2月17日
「術後1年目の検査」
2月4日から、検査のための入院をしました。術後約1年を迎えるということで、カテーテル検査を行い、バイオプシー(心筋生検)等の検査、エコー、ホルダー心電図、血液検査、レントゲン等を行いました。
検査の結果は、「すべて異常なし」ということでほっと胸をなでおろしています。バイオプシー(心筋生検)は 、拒絶反応をはっきりと知ることのできる大切な検査なので、毎回、検査結果を聞き、異常なしの言葉を聞くまでは、どきどきしてしまいます。今回も、よい結果で本当によかった。宏典は、「ひろくんは、仮面ライダーなんだから泣かない!ひろくんは、強いんだ!」といって、採血、点滴の注射もぐっと口をつむり頑張りました 。さすがにカテーテル室にはいり、母親と離れたときには、検査室に響き渡る大きな声で泣いていましたが。ずいぶんと強くなったものです。
入院中は、今も様々な重たい病気と闘っている子、そしてその子供たちに心の内の涙はみせずに、笑顔を我が子に傾けるお母さんたちの姿にたくさん出会いました。1年前まで、命の綱渡りをしていた我が子に寄り添っていた時のことが、強く思い起こされました。そして、そのお母さんたちのたくましい姿に心の中で、「 頑張ってください!」と手を合わせていました。
もう精一杯頑張っておられる方たちに、「頑張って」の言葉は、苦しくしてしまうのですが、もう精一杯の気力と体力のお母さん方に「どうか体をこわさず、その笑顔を傾け続けてあげてください。」との思いから、思わず心の中でそう言っていました。そして、今、いろいろな管理や制限は必要だけど、家で過ごせることがどれだけありがたいことなのか、点滴の針をささないでいられることがどれだけ笑顔をくまらせないですんでいることか、家族と暮らせることがどれだけ幸せなことか、もう一度胸に刻むことができた入院でした。
平成20年1月29日
「ほのかちゃん、がんばれ!」
1月29日に滋賀県の福本穂香ちゃん1歳が移植手術に向けてドイツに飛び立ちました。ほのかちゃんは、宏典が帰国してすぐ検査入院した阪大で知り合った子で、ご両親は募金しての海外の移植にふみきれずに重く悩んでおられました。そんなときに、宏典の姿をみて、移植の決断にふみきられた家族です。
これまで、何度もくじけそうになるほのかちゃんのパパとママを私たちがしてもらってきたことの恩返しになればとその都度励ましてきました。
そんなほのかちゃん一家がドイツに向けて飛び立てた日に、ほのかちゃんと宏典のことが朝日新聞の夕刊、次の日の朝刊でとりあげられ、「いのち つながれ」「成功 宏典ちゃん 勇気くれた」という見出しで書かれ、移植への道を決断するにいたった心境がつづってありました。
あの苦しい辛い日々を乗り越えた宏典は、4歳にして、人の一生を左右する決断に大きく関わる存在となりました。希望の光として。我が子ながら本当にこの子は多くの人に勇気を与える大きな存在なのだなあと改めて感じています。
宏典と同じ日に移植手術となり亡くなってしまったアメリカの男の子のお母さんと、「アメリカの男の子は天使となって病気に苦しむ子供たちを守り助けるお役目を、そして、宏典は奇跡的に回復したその元気な姿をもって同じ病気に苦しむ子供たちの希望の光となるお役目を神様にいただいたの」と話したことがあります 。そのお役目をひとつ果たせたと思うとやはり嬉しい気持ちになり、天使となって子どもたちを見守るその子にも、一ついい報告ができるなあと思っています。
福本さんご一家に対して、大きな責任も感じながら、どうか元気になって帰ってきてほしいと願うばかりです。
この出来事がまた、宏典をよく知るみなさんの胸でよいエネルギーとなってくれると嬉しく思います。
「インフルエンザ」
とうとう、宏典もインフルエンザにかかってしまいました。はじめ、お兄ちゃんがかかってしまい、あわてて離しましたが時はすでに遅く、お兄ちゃんの発熱から2日後、高熱となりました。
インフルエンザウイルスに効く、タミフルを内服し、熱は3日でおさまりました。咳と鼻水が残りましたが、どうにかインフルエンザは乗り切れたようです。
ただ、この残った、鼻水等をなめているとまた、違うウイルスにもかかってしまったり、長引いたりしてしまうので完全に治るまでしっかりと管理していこうと思います。ちなみに父親、もう一人のお兄ちゃんもかかってしまい、母親以外は今年は全員インフルエンザにやられてしまいました。それでも宏典が、重症化せずに乗り切ってくれて胸をなでおろしているところです。
平成20年1月10日
「新年」
あけましておめでとうございます。昨年は温かいご支援をたくさんの方々からいただき本当にありがとうございました。
今年は、家族そろって自宅で新年を迎えることができました。今日の命に感謝し、今日の幸せに感謝し、心寄せてくださった皆様に感謝しながら、一日一日を大切に過ごしてまいりたいと思います。
宏典も12月に二度軽い風邪の症状で熱を出しましたが、今のところ重症にはならずに自宅でやり過ごすことができました。インフルエンザがはやってきているのでまだまだ気の抜けない季節ですが、このまま乗り切りたいと思います。先日の一月の定期検診も異状なしでした。
最近の宏典は、季節的に外にあまりでられないので家の中でカルタ遊びをしたり、仮面ライダーに変身してショッカーを倒したり、粘土遊びをしたりしながら過ごしています。冬休みはお兄ちゃん達がいて楽しかったようですが、また母親との時間となり少し物足りなさそうです。お兄ちゃん達が帰ると駆け寄り、相手にしてもらえなくなると「ひろくんと遊んでくれん!」と訴えにきます。兄弟げんかもよくみられるようになり、やられても負けていない宏典、なかなか頼もしい末っ子です。
先日の晴れた暖かい日には、外でバットを持ってボールを打つ遊びや、家族5人でフリスビーをして冬休みの最後の日を楽しむことができました。
平成19年12月25日
「クリスマス」
今日は、クリスマスです。今朝は、サンタクロースの贈り物に子供たちは大喜び。宏典も大興奮でサンタさんからの贈り物を私たちのところまでもってきて、「ママ!サンタさんが来たよ,ほら!」と声を弾ませながら一生懸命説明をしてくれます。サンタさんからの手紙を読んであげると頬を紅潮させながら一生懸命聞き入っていました。
昨夜は、夫婦で去年の今頃の話、そしてこの一年の話をいろいろとしました。
去年のクリスマスは、病院にいて宏典のおなかは腹水でパンパンでした。毎日、おなかに針をさして腹水をぬき、微妙な調整をおこなっていました。状態も徐々に悪くなっていて、今日生きてくれたことに感謝し、明日無事に一日生きられることを祈る毎日でした。
病院の先生がサンタさんに扮し、宏典の大好きだった仮面ライダーのお人形をプレゼントしていただいたことをつい昨日のことのように思い出します。救う会のメンバーさんはクリスマスもお正月もなく、募金活動を展開してくださいました。仕事が終わり毎晩、2時3時は当たり前の毎日が続き、家庭を犠牲にして 宏典のために動いてくださっていました。救う会のみなさんも、今年のクリスマスはやはり、去年のことを思い出されていたようです。本当にありがたく、感謝してもしても足りないくらいです。
宏典は本当に多くの方々に守っていただいたことを今改めて思います。
今年も残すところ、後6日となりました。2007年が終わろうとしています。
2004年から始まった闘病生活、日々宏典の命と向き合う闘いの連続でした。その中でもやはり、移植に進むと決断した2006年そして、新しい生命を吹き込んでいただいた2007年は、私たちにとって生涯忘れる事の出来ない年となり、多くの方々の温かい心と命の尊さを深く見つめなおす年となりました。
2007年の残りの時間を今年起きた一つずつの出来事、応援してくださった方々、すべてのものに感謝の気持ちで過ごし、2008年という新たな年を宏典の笑顔とともに迎えたいと思います。
平成19年12月3日
「定期外来」
帰国して、毎月大阪の病院に外来受診しながら、経過を管理しています。朝早くからの受診となるので、前の日から泊まりがけでいくようになります。今のところ、異常なしできています。行きと帰りの新幹線では、密閉空間に多くの人がいるので、大変気を使います。咳などしている人がいたら、違う車両に移るのですが 、満席の時は動けず、感染しませんようにと願うしかありません。
当の本人は、新幹線にのって興奮状態で、眠るのがおしいかのようにはしゃいでいます。座席にじっとすわれるはずもなく、いつも後ろに座られる方のお世話になっています。毎回、子供好きの方にたまたま恵まれ、後ろの座席から、相手をしてくださり、ありがたいかぎりです。
大阪の病院では、宏典と同じように移植手術を受けた、先輩の子供たちも受診にきており、親同士はそこで貴重な情報交換をします。生活ではどんなことに気をつけているのか、この時期にはどんなことに注意しなければならないのか...。新米の私たち夫婦にとっては、この先輩のお母さんお父さん方からの助言は ありがたく、そして心強いものとなっています。これからの、通院は特に風邪の流行の季節となり、最大の注意を払っていこうと思っています。
宏典は、帰国時身長88cm、体重15.2kgだったのが、身長92cm、体重16.5kgとなりました。お陰さまで順調に過ごせています。
平成19年11月2日
「帰国後2か月」
帰国後、2か月がたちました。
お陰さまで、大変元気に過ごしています。外遊びが大好きで、すきあらば外に繰り出し、禁止されているどろのある斜面をすべって遊ぶ始末。
そして、稲刈りの終わった田んぼに入り、ばったを追いかけ、時にはうまく捕まえて、得意げに見せにきます。
平日は、お兄ちゃん二人を送りだした後は、「まだ帰らんかね? 遅いね?」と兄二人が帰るのを首を長くして待ちわび、
帰るといっきにハイテンション、まぶりついて遊んでいます。本当にありがたいありがたい毎日が流れています。
これから、だんだんと寒くなり、
風邪などの感染症も増えてくるので、細心の注意をはらって術後はじめての冬を乗り越えようと思います。
平成19年10月2日
「4歳の誕生日」
10月2日。宏典は4歳の誕生日を迎えることができました。しかも、自宅で、家族みんなに囲まれて。
リクエストの仮面ライダーの絵の描いてあるバースデーケーキにろうそくを4本立て、ハッピーバースデイの歌とともに、その火を勢いよく吹き消しました。
2年半前、「3歳の誕生日を迎えるのは厳しいかもしれません。」と言われた宏典が、今こうして4歳の誕生日を笑って迎えているのです。親として、辛いことも多くありましたが、喜びいっぱいに満たされたお誕生日でした。
自宅に戻り、いよいよ日本での生活がスタートしました。免疫抑制剤を飲み続けていること、感染症の多い日本の気候・・・と、これからまだまだしっかりと管理の必要な宏典ですが、親である私たちが生きている限り、しっかりと守り育てていこうと思います。宏典の中に生きる、もうひとりの天使ちゃんとともに。(ご両親からの報告)
平成19年9月11日 「我が家」
日本の病院での検査や日本の薬への切り替えが無事に終わり、1年2か月ぶりに懐かしの我が家に戻ってまいりました。市役所で多くの方に出迎えていただき、興奮冷めやらぬなかでの我が家への帰宅となりました。
宏典は、家に入るなり、お兄ちゃん達とかけまわり、嬉しくて嬉しくて仕方がない様子。疲れているはずな のに、夜眠るまで兄弟でじゃれあう姿に、夫婦二人は、この瞬間を迎えることができて、心からよかったと安堵いたしました。久しぶりに家族が全員そろい、にぎやかさを取り戻し、家も喜んでくれているようです。
気候的に感染症多国の日本、これからは、薬の副作用に対するケアや、感染症に対するケアを今まで以上に気を引き締めてしていかなければなりません。
ともあれ、今は、帰宅できた喜びと、家族がやっと一緒にいられる幸せにしばらく浸らせていただこうと思います。(ご両親からの報告)
平成19年9月3日 「お別れ」
バタバタと帰国の準備におわれ、いよいよ、7ヶ月間お世話になったニューヨークとのお別れの日が来ました。日本に帰れるという喜びとは裏腹に、術前からずっとお世話になってきた方たちとのお別れは、思い入れも関わりも強く、別れがたいものでした。
宏典は、見送りに来てくださった大好きなお兄さんお姉さん、ひ とりひとりにお別れのキスをし、皆、泣いておられました。宏典を抱きしめ、お別れのあいさつをしてくださるその姿に、ここでも、宏典が多くの方に愛していただいていたことに強く感謝しながら、涙涙の出発でした。
出発の後、宏典もその意味が解ったのでしょう。車の中で話しかけても何もしゃべらず、ずっと外を見つめてい ました。
ニューヨークでお世話になった皆さん、応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました。これからも、宏典の成長を見守り続けてやってください。お元気で。(ご両親からの報告)
平成19年8月13日
ここ、ニューヨークの生活も長くなり、1月に来た時から考えると、もうすぐ7か月を迎えようとしています。
2月の移植手術からは、6か月。ここまで、何事もなく、過してくることができました。帰国の話もではじめ、宏典は、自分の持って帰るおもちゃを決めて、今から袋に詰め込んでいます。やはり、家に帰れるということは、とっても嬉しいらしく、「ひろくんね、これとこれを日本に持って帰る。これもいれとこ。」と声がはずみます。まだ、日本の病院からの検査のための入院(帰国してそのまま1週間程度)の日程の連絡がきませんので、まだまだ具体的ではないのですが、それでも、あと一息です。
こちらのカテーテル検査も残すところあと1回となり、この検査を無事乗り切って、帰国に向けての準備をはじめたいと思います。
みなさんに元気になった姿をお見せできるのも、あと少し。楽しみにしていてください。(ご両親からの報告)
平成19年8月1日
「僕は、松井選手!」
先日、ヤンキースの松井選手が特大のホームランを打ったのをテレビで見ました。 そのホームランに私たちが大喜びをしたものだから、それ以来、お気に入りのスポンジボブの青い帽子をかぶり、「ひろくん、松井選手!」といって松井選手になり、おもちゃのバッドでゴムボールを打って遊んでいます。
おもしろいことに 、戦いごっこをするときもその帽子をかぶり松井選手になることは、本人にとって、とても重要なようで、家の中でも帽子をかぶりっぱなしです。時々、頭が暑くなったと言って帽子をぬぎ、汗がひくとまたかぶり、松井選手に。
「朝青龍」「お医者さん」「松井選手」ときて、お次は何になるのか・・・。楽しみです。
ヤンキース の松井選手、あなたが激励のためにサインボールを送ってくれたちびっ子は、今、あなたになりきって、みなぎるエネルギーを爆発させています。松井選手も、がんばってください。(ご両親からの報告)
平成19年7月18日
「こぶとり爺さん?」
先日、じゅうたんのはしに足をとられ、転んだところに机があり、ほっぺたを強打してしまいました。血液を固まりにくくする薬をのんでいるので、いつも少しぶつけても、内出血がひどくなります。今回もみるみるまにふくれあがってしまいました。
急いで冷やしましたが、腫れはおさまらず、こぶとり爺さんのほっぺたのようになってしまいました。
昨日ぐらいから、内出血のいろがでてきてしまい、ほっぺは黒く・・・。
こちらでは、幼児虐待に対して厳しい取り締まりなので、勘違いされないかと、買い物のときはヒヤヒヤです。このこぶとり爺さん、このこぶが収まる頃、次のこぶをつくらなければいいのですが。
こぶをつくるほど、活発になってきたことを嬉しく思いながら、生活経験はまだまだ少ないので、怪我等には十分気をつけなければならないなあと思います。
(ご両親からの報告)
平成19年7月5日
「素敵な夕食会」
先日、こちらでお世話になっているボランティアのHeart to Heartのメンバーさんのお宅で、素敵な夕食会を楽しみました。
こちらの病院についてから、今までずっとお世話していただいている方々です。宏典もすっかり、家族のように関わらせていただいていて、
この日は大好きな人たちに囲まれて上機嫌でした。おいしいお料理にギターの演奏もしていただきました。宏典の大好きな「大きなのっぽの古時計」も、
ひいてくださり、宏典もギターにさわってでる音を楽しませてもらいました。
私たちも、苦しい時間を支えてくださったみなさんとの時間は、ほんとうにあたたかくて幸せな時間で、元気に動き回る宏典を見つめながら、
今こうしてあることの幸せとH.T.Hのみなさんに感謝の気持ちでいっぱいでした。
移植に進むと決めてから、今まで、本当に人に恵まれた宏典と私たち家族です。
今更ながら、ありがとう、ありがとうの気持ちでいっぱいです。夕食会を企画し、準備してくださったM家のみなさん、
お料理とてもおいしかったです。素敵な時間をありがとうございました。
(ご両親からの報告)
平成19年6月20日
「海は、しょっぱい」
先日、こちらでお世話になっているボランティアの方たちの心配で、海を見にいきました。宏典は、今まで、通院の車の中から、海を眺めたことはありますが、直接触れるのは、生まれて初めてのことです。とっても、美しいビーチで、風はほどよく冷たく、とても気持ちのいい日でした。
ビーチにつくと、宏典は、すぐに 小石集めです。波に洗われた石は、小さく丸くなっていて、白、ピンク、ベージュと、とてもきれいです。ビニール袋を片手に一生懸命拾いました。途中から、貝殻も発見し、それからは、貝殻に変更。気にいったのを見つけるたびに、「ママー!これ、みてー!」と報告です。
ハプニングもありました。波を見せてやろうと、波打 ち際に連れて行った時、転んでしまい、そこに波がザブン!!!頭から、びっちょこになり、大泣きです。着がえをすませ、ひと段落したときに、「ひろくん、転んだよね。海は、しょっぱかったよ。」とケロリ。そのあと、抱っこで波と遊んで、海を満喫して帰りました。帰りの車は、疲れてぐっすり。今日も、嬉しい嬉しい 一日でした。
(ご両親からの報告)
平成19年6月8日
聴診器をいっちょまえに耳にあて、私や、ぬいぐるみのわんちゃんたちに、もしもしをしてくれます。自分は、どうやら、お医者さんになってるつもり。
もしもしのあとは、きまってチックンタイム。
指の先を私の腕に押し当て、ぎゅうっと、かなり強くおしてチックンをしてくれます。宏典にとって、チックンはかなり痛いものなのでしょう。
終わると「元気になってよかったね?」「よく、がんばったね?」とよしよしをしてくれます。
その言い方は、宏典がこちらの病院でたいへんお世話になった日本人の先生の言い方によく似ていて、思わず笑ってしまいます。
その先生は、こちらで手術も立ち会って
いただいた日本の小児心臓外科の先生で辛い処置の後は、きまって、「ひろくん、えらいね?よくがんばったね?」と頭をなでていただいていました。
それをそのまま、真似て、ちびっこドクターは、今日も治療にせいを出しています。
いつか、人の役に立てるような、そんなお仕事に関わるようになってくれるのかなあと思いながら、その姿を見守っています。
(ご両親からの報告)
平成19年5月26日
「横綱 朝青龍」
最近、宏典がはまっているのは、お相撲です。「ひろくん、朝青龍!」といってしょっちゅう勝負をいどんできます。
ちなみに私は、いつも、ハクホウかコトオウシュウだそうです。
塩をまき、いっちょまえにしこを踏み、あごをひいて、とり組んできます。からだのためには、とてもいいリハビリになるので、
よいのですが、夜眠る前まで勝負をせがまれるのですから、こちらの体力がもちません。
ボランティアのお兄さん、お姉さんにも相手をしていただきながら、体力がずいぶんとついてきました。
ちなみに、最後の取り組みは、いつも朝青龍の大勝利でないといけません。(ご両親からの報告)
平成19年5月12日
今日は日本人学校の運動会に招待され、ドクターの許可をえて、見に行きました。
こちらで応援してくれていた中学生に囲まれ、恥ずかしそうに握手をしていました。
皆さんに「ひろくん!よかったね」と声をかけていただき、大変嬉かったです。
グラウンドのグリーンの芝と大きな八重桜の木が満開でとても美しく、子供たちは生き生き伸びやかに運動会を披露していました。
宏典はタンポポの花を思う存分摘んで、もってかえり、「死んじゃうからお水にいれてあげんにゃ?いけん!」と一生懸命いけていました。
いたわりの心が育っているのを嬉しく思います。それともうひとつ、嬉しいプレゼントがありました。
ニューヨークこどものくに幼稚園の子供たちから、宏典にステキな絵と手紙のプレゼントでした。
宏典は一枚一枚めくりながら、いろんなお話をしてくれました。同年代の子の絵は、宏典にいろいろな刺激を与えてくたようです。
今もなお、多くの方たちに支えていただいていることをあらためて有り難く思います。
そして、ヒィジカルセラピーがドクターから義務づけられていましたが運動機能が著しく回復してきたということで義務づけがなくなりました。
嬉しい進歩です。 (ご両親からの報告)
平成19年4月27日
やっとこちらも暖かい日が続くようになり、外来で通院した時には病院の中庭で過ごしたり、アパートからセントラルパークが近いので、
散歩にでかけたりできるようになりました。
お外にでるのは、大好きで芝生の上をうれしそうに歩きます。
小枝をふんでパキンッと割れる音が楽しくて何度もふんでは、笑ったり、 たんぽぽの花をみつけては摘み、
ベビーカーにのせてアパートに持ってかえって、自分で水につけてかざったり、
いろんな感覚を楽しんでいるようです。歩く運動も、自然と促されるようで、よいリハビリになっています。
アパートでは、塗り絵をしたり、恐竜のお人形で戦いごっこをしたり、
ボランティアできてくださる、お兄さんお姉さんによく遊んでいただいています。
おかげで、ドクターもびっくりされているほど、身体機能が回復しました。
ありがたいことです。
そして、先日、宏典と同じ日に移植を受けて亡くなってしまった男の子お母さんから、手紙と彼の写真が届きました。
内容は、「彼のために折った千羽鶴をみるたびに彼のことと宏典のことを思っている。
宏典の幸せを願っています。」というものでした。
彼とそのあ母さんのことは私の胸にも深く深く刻み込まれています 。
ドナーの子の命とともに宏典の命を見つめるたび、彼と彼のお母さんのことを思い起こすことでしょう。
(ご両親からの報告)
平成19年4月13日
今日のニューヨークは、朝から雨が降っています大都会の雨なので
雨があたった窓ガラスは沢山のちりを残し、汚くなってしまっています。
花粉もはいっているのかな。
退院して一週間ちょっと。ようやく生活も落ち着いてきました。
宏典も調子が良く、毎日よく遊び、よく笑い、よく食べています。
時々、わけのわからないじら泣きをしますが、多分薬の副作用から来る気分のむらのマイナスの部分がまとまってくるのでしょう。
これがはじまると30分は激しく泣け続けるので、こちらもはじまると「来た!」って感じで腹をくくります。
遊びもだんだん激しくなっていて、恐竜のおもちゃでの戦いごっこにはまっています。
もしかしたら、三人の中で一番活発な子なのかもしれません。(ご両親からの報告)
ひろくんが退院しました。
平成19年4月6日
術後三回目のカテーテル検査をおえ、腹水も落ち着き経過良好ということで4月3日に念願の退院をすることができました。
これからは週二回病院に通院し経過をみていきます。病院を出たことが宏典は嬉しくてしょうがないようで、アパートに移って
からずっとご機嫌さんで大きな声が出して、ぬいぐるみで遊んだり、ローテーブルにつかまって歩く練習をしています。
病院のフィジカルセラピストとのトレーニングはあんなに拒否していたのに。
そして本当によく話し笑うようになりました。
まだまだ拒絶との闘いはありますが一歩一歩我が家に帰る日に向かって歩いていることを実感しています。
これからは食事のための買い物や通院のために交通機関を利用したり異国での新しい生活のはじまりです。(ご両親からの報告)
ひろくんが心臓移植を受けました。
平成19年3月28日
拒絶の兆候がみられるということで29日から3日間免疫抑制剤を飲み薬から点滴に変えました。
その後、からだがパンパンにむくんでしまいました。
まだ染みでていた腹水もかなり増え、またお腹が大きくなってしまいました。
日曜日から熱もでてしまい、
退院の話もでていたのですが、保留になってしまいました。
ここまで順調にきていたのにガタンと調子を崩し、
さすがに心配していましたが、今日やっと熱もでなくなり、体にたまった水もひけてきました。
ドクターの話では、新しい心臓に問題はなく臓器も順調に回復しているため、
後は、まだ染みでてしまう腹水のコントロールが課題ということでした。
今日は、機嫌もよく、外も暖かいので中庭に出てみたら、桜の花が咲いていました。
思わず嬉しくなり、宏典と木の肌に触ったり、花びらに触ったり、その触感を楽しみました。
春うららかな1日でした。(ご両親からの報告)
平成19年3月21日
今日は入院している子供たちのためにバレエ団の方たちの公演がエントランスでありました。
宏典も許可をもらい、見に行きました。
ライオンや馬やいろいろな動物役が登場し、宏典も大喜びでした。
最近、機能回復訓練の時間が憂鬱で今日も大泣きし、
少し元気がなかったのでいい気分転換になったようです。
部屋に帰ってきてからも、ずっとご機嫌で、
こうした楽しい時間を増やせていけるともっともっと笑顔を取り戻せるなぁと感じています。
宏典の頭にまだまだ消えないつらかった記憶や
毎日の採血や様々な検査からくるストレスを今は早く取り除いてやりたいと思います。
今日も生きることへの感謝いっぱいの1日でした。(ご両親からの報告)
平成19年3月15日
術後20日が経過しました。第2の関門、術後二週間を無事こえ、今は大量の薬の副作用で少し不安定なのと腹水がまだ染み出し
ていてその調整にもう少し時間を要しそうです。
歩く練習や体の機能回復のためフィジカルセラピストとのトレーニングを毎日していますが宏典にとってはなかなかハードな
時間で泣きながら頑張っています。親としては楽しい時間にしてほしいのですがこのトレーニングがとても重要なのだそうです。
宏典には歩けるようになったら帰れるからねと励ましています。
頑張ろうとしてくれるのですが低下した機能を
取り戻すのはなかなか至難の業です。看護婦さんやドクターに手をふったり握手したりできるようになり、
嫌いだったカメラにも目線を向けてくれるようになりました。
(ご両親からの報告)
平成19年3月9日
カテーテルの結果心筋からは拒絶反応はみられなかったとの報告です。ただ一回目になくても二回目でてきたりするので
理解しておくことということでした。
ともあれ嬉しい結果です。
それから今日はハートトゥハートのメンバーでバイオリンをする子がきて宏典に大きなのっぽの古時計をひいてくれました。
はじめじっと聞いていた宏典はうたをくちずさみじめ、その後みなさんの前でたくさん歌い、
続いて仮面ライダーの本でお兄さんやお姉さんたちとたくさんおしゃべりをしばあばと私はびっくりでした。
昨日までなかなか笑顔がでず医師からは体がきついというよりは
今までたえてきた怒りがあり長期の子供はなりがちという話を聞かされていたので今日は美しい音楽の力に感謝です。
今までのストレス、怒りを吸い取ってもらったように笑顔とおしゃべりがわきだしました。
今の宏典は自分の病気が治ったということを理解して本当に嬉しそうです。
そばにいるこっちにまで喜びが伝わってきて今まで本当につらかったんだなってあらためて思います。
ありがたい時間がながれています。
(ご両親からの報告)
平成19年3月3日
術後8日目を迎えています。
宏典につながれていた沢山のチューブは徐々にとれ今は足にさした点滴のルートひとつとなり随分すっきりしました。
体重も術前13キロあったのが10キロになり大きかったお腹は出産後のお腹のようにやわらかく伸びていた皮がゆるんで
プニョプニョしています。最高17キロ(とんでもない腹水の量)まであったことを考えると宏典の深刻さをあらためて感じます。
宏典の状態は今のところ大きな拒絶はなく、かなり心配されていた各臓器も順調に回復してきています。
先日その心配はかなり深刻だったと医師から聞かされ、やはり応援してくださっている皆さんの祈りのパワーに守られた
奇跡を疑わずにはおられません。
先日父親と嬉しい再会を果たし一昨日昨日と大好きな歌が唄えました。
呼吸がきつくてもう何ヶ月も唄えていなかった歌です。大好きな「大きなのっぽの古時計」を歌い、
その姿に夫婦は移植医療の素晴らしさと喜びに心ふるえました。
まだまだ気を抜くことはできませんが今までとは全く違う時間の流れを過ごしています。感謝感謝の毎日です。
(ご両親からの報告)
平成19年2月28日
宏典今日沢山の管がぬけました。
かなり楽になったみたいです。お腹の周りもスッキリ。手術前は苦しくて睡眠時間も2時間でした。
今まで寝れなかった分今日はぐっすり寝ています。肺・肝臓の他の臓器に異常はありませでした。
明日はICUを出て一般の病棟に移る予定です。
宏典手術後は果物だけ食べてましたが、雰囲気も手伝ってかピザを食べました。結構宏典にしては食べましたよ。
まだまだ拒絶が怖いですが一安心です。(ご両親からの報告)
ひろくんの手術経過
平成19年2月24日(日本時間深夜)
今宏典手術室にはいりました。本人は心臓を替える事・寝てさめたら元気になる事を理解して入りました。
熱があるのが心配ですが・先生が強く状態の良い心臓だからとおっしゃいました。
あと1時間位で手術開始です。
今から宏典の心臓摘出・エクモ取り付け・移植となります。
みなさんご心配おかけしています。宏典は予定時間三時間をかなりこえていますがまだかえってきません。
でもきっと大丈夫。みなさんの祈りと宏典の強さが宏典を守っているはず。きっともうすぐかえってきます。
もうひとつ今信じられない知らせが入ってきました。宏典がカテーテル検査をした日に
エクモをつけた赤ちゃんも今ドナーがみつかったと連絡がはいったそうです。
お互い励ましあっていただけに今涙でだきあって喜びをわかちあってきたところです。
こんな素晴らしいことがあるのでしょうか。
2人は今日新しいもうひとつの誕生日を共に迎えたのです。
エクモのお母さんが千羽鶴をおったことから病院スタッフは日本の千羽鶴の起こした奇跡のようにいっています。
あとは宏典が無事かえってきてくれることだけです。
宏典病室に戻りました。手術室入室から時間がかかったのは、少し心臓が遅れたことと、
万全をきされためだそうです。
心配していた肺の圧もいいみたいです。今のところ順調です。
この2日間が山です。
長い1日が終わろうとしています。宏典は今のところすべていい状態を保っています。気管支挿管されからだからは
たくさんの管がでていて
その姿は痛々しいけれど宏典の新しい心臓は確かに力強く拍動しています。
亡くなろうとしている命から体の中の一部んをいただき命を紡ぐという目の前におきている現実にただただ感動と感謝です。
まだまだ予断をゆるさない宏典ですが今日は素直にもうひとつできた宏典の誕生日を祝い、
そしてドナーの方のご冥福を心から祈り、
悲しみの中にドナーを申しでてくださったご両親に深く感謝するとともに
宏典はこれからその子のぶんまで幸せにならなくてはと強く思います。
私は三人の母親から目には見えないけど4人の母親になりました。 (ご両親からのご報告)
井川選手、松井選手からの応援
平成19年2月20日
井川選手と松井選手からサインいりのボール、ユニフォームが手術前に届きました。
ひろくんの手術成功を祈って送っていただいたものです。ありがとうございました。
お二人には無事に手術成功の連絡をさせていただきました。
平成19年2月17日
眠っている間に入れている栄養分で水分摂取量がふえたため、水分量の調節がうまくいかなくなりました。
腹水が増えきつい日が続いてましたが、やっと調整ができてきて今日は調子がよくなりました。
首からの管もなくなり腕の管も今はとれて辛いのは毎朝の採血くらいになってきました。
最近宏典は採血を観念しているのか「お茶とタオルを用意して!」といって涙をふいてもらう準備と終わって
一息つくためのお茶を用意させて頑張るようになりました。
毎日とるので手はたくさんの内出血で黒くなっています。
私はいつも顔で笑いかけて心の中で「宏典!頑張れ?!」と精一杯エールを送っています。
最近の宏典はなかなかの頑張り屋さん
です。
今日ICUで千羽鶴を紹介したお母さんが「やっと千羽鶴ができたの!あなたにみせたくて」と
朝一番にみせにきてくれました。感動でした。
彼女の我が子への強いおもいに触れ、同じ苦しみをもつ親として言葉は
あまり通じなくてもそのおもいをお互い理解し励ましあえる存在として彼女の闘う姿は私を力づけています。
(ご両親からの近況報告より)
平成19年2月8日
こちらにきて17日目が終わろうとしています。
毎日が濃いのでもう何ヶ月かいるような気分です。
宏典の痙攣はある薬があわなかったようでその薬をやめると痙攣もなくなりました。
少しほっとしていると二度目の腹水をぬくための処置がはいり朝4時から13時半まで絶飲食で大変でした。
こちらでは検査でも処置でも時間がアバウトなので大抵は時間が伸びて1、2時間は簡単にずれこみ、
絶飲食の指示がでたりすると大変です。この時は長い時間よく頑張りました。
昨夜から体力をつけるために鼻からチューブをいれ高カロリーの栄養をいれることになりました。
ただこのチューブも二時間くらい嘔吐がついてしまいなかなか眠りにつくことができませんでした。
いろいろな波がまだまだ宏典をゆさぶります。元気になるための試練だと思ってがんばっています。
(ご両親からの近況報告より)
平成19年2月1日
今日は朝雪がうっすら積もっていました。日本はどうかなぁと思いながら窓から雪を眺めました。
昨夜は、宏典は痙攣を起こしてしまい心臓からだったらどうしようかと不安になりましたがどうも利尿剤や
腹水をぬく処置をしているので体内の電解質のバランスが崩れてのことだったようです。
命にかかわるようなことではないらしく減少してしまったものを点滴から足したら大丈夫だそうです。
ほっとしていたら痙攣も一応検査が必要らしくうんざりするくらいの検査が一段落していたのもつかの間また検査が
入ってしまいました。宏典はまだまだこちらの看護士さんになかなか慣れられないのでソフトにゆっくり接して欲しいと
お願いしていますが突然の処置には言葉の壁が大きく宏典の気持ちをくみながらの処置は難しく激しく泣くこと
(宏典にとっては一番きつい運動)が何度かありやはり少し疲れ気味です。
日本の病院にいたときの甘えは許されないので母子ともにがんばらなくてはなりません。
(ご両親からの近況報告より)
平成19年1月29日
この病院にきて五回目の朝を迎えています。
宏典もきつい検査も終わりだいぶ落ち着いてきました。
ただ時差ぼけもあるのか夜は一時間ごとにおきてごはんというので付き添う側は連夜の寝不足です。
食べることはよいことなので頑張っています。手術に向けて体力をつけなくてはいけないのでできるだけ栄養をとらなくてはなりません。
ハイカロリードリンクに挑戦中です。お話しができるようになってきました。
(ご両親からの近況報告より)
平成19年1月27日
宏典はカテーテルの検査中です。こちらのドクターの予想以上悪化していたため、
検査自体かなりのハイリスクとなり厳しい話もたくさんされています。
でも宏典は強い子!そしてみなさんの祈りがある。今日宏典に検査室で眠るまで付き添いましたが
とてもおだやかな気持ちで彼が眠るまで笑顔をむけてあげることができました。
今朝の宏典は大きな窓からみえるマンハッタンの街に朝日がとても美しくのぼるのをきれいな色といってみたり、
たくさん飛び立っていく飛行機をうれしそうにみたり、
ここにきて一番リラックスした時間を過ごしました。処置の準備がはじまるといつもは不安で泣き出すのに私の説明を
よく理解してくれていたのか、
泣かず騒がず検査室までベッドにのせられいきました。
沢山のドクターに頭をなでられその顔は、
「僕の覚悟はできてるよ。早くして終わってちょうだい。」
といっているようで我が息子ながら本当に誇らしく思いました。
彼はきっとこの高い高いハードルも乗り越えて私の元に帰ってきてくれると強く信じています。日本から宏典にみなさ
んのパワーを送り続けてください。絶対元気になって連れて帰ります。
(ご両親からの近況報告より)
平成19年1月23日
宏典は済生会からニューヨークのコロンビア子供病院まで一回も泣かずに来ることができました。
初めての治療が始まりました。大変疲れているのに容赦ない検査。親や医師団の方がもうやめてと言ったぐら
い、検査がありました。
20時間かけてやって来て、全員時差ボケで参っています。
すべてにおいて日本では考えられない病院のシステム。また、どんどんドクターがやってくる。ということに戸惑いをかくせません。
2〜3日後に疲れがどっとやって来るのがとても怖いです。
11時に着いて20時までの休みのない検査に親2人は耐えられなく、涙がやはりでてしまいました。
(以上、ご両親から近況報告より)
平成19年1月24
ニューヨーク2日目まだまだ慣れません。明日の検査が大変危険を伴う検査です。いつもの事ですが、
最悪の場合の事も説明され、サインしました。でも、私たちと皆さんの思いがきっと彼を救うはずです。明日
の検査が無事に終われば、宏典は、移植者のリストで上位になります。皆さん無事検査が終わるように、
祈ってください。
(以上、ご両親から近況報告)
平成19年1月15日
3度目の腹水を抜く処置をしています。
おなかに針を刺す時はさすがに大泣きになりましたがその後の毎朝少しずつ抜く際は
泣かずに処置してもらえるようになってきました。
顔をしかめながらも我慢できるようになったので処置の後のダメージが
少なく、しばらく休むとテレビをみたりおやつを食べれたりしています。腹水がへり、楽になって来たので渡米にむけて心準備
させるために飛行機やヘリコプターに乗る話をしています。
平成19年1月6日
二度目の腹水を徐々にぬく処置をしていましたがまた熱がでてしまい、抜くのやめて念のため抗生剤をいれています。
なかなか思うようにいかないものです。
本人は抜きはじめてやはりしばらくきつい日が続いていましたがお腹の管をぬいたのと二日続けて大好きな父親が来てくれたのとで元気が出て来たようです。
首のささえなしに座れなかったのですが支えがいらなくなってきました。
おしゃべりも少し戻ってきました。今お見舞いにいただいたお気に入りの本も「読んで」というので読んでやったところです。
平成18年12月31日
現在のひろくんはとても頑張っています。
現在、ひろくんは心房圧、静脈圧が非常に高くなっており、静脈うっ血に伴い、著しい肝臓腫大、腹水を認めています。
肝臓に関しては、肝うっ血のため肝機能の低下しています。これ以上肝機能低下が進行して、肝不全状態になると、心臓移植そのものができなくなってしまいます。
腹水は、腹水がないときで体重10kg程度だったものが、現在最大17kgまで上昇しています。腹水を抜く治療も試みていますが、一度に多く抜くと循環状態を悪化させるため少量ずつしか抜くことができません。腹水のため横隔膜(呼吸運動する筋肉)が挙上し、呼吸数も普通30/分程度のものが、50から60/分と呼吸も苦しくなっています。
食事は少量ずつ可能ですが、ベッド上安静です。寝たきりという状態ではないですが、少し泣いただけで心不全が増悪し、ぐったりしてしまう状態です。
(以上、お医者さまからのお話です。)
平成18年12月28日
今日腹水が少しふえたので、腹水を抜く治療をしました。
おなかの処置もおわりました。たくさん涙が出ましたがひろくんは頑張りました。今日は疲れて横になっています。血液検査も肝機能が正常範囲に戻り安心しています。ただアルブミン(たんぱく質)が低く点滴からアルブミンもいれる必要があります。
平成18年12月11日
腹水がたまりすぎて呼吸がきつくなったことからおなかに針をさして抜く処
置をしました。ふつうは一度に全部抜いてしまうのですがひろくんは体内の圧が急に
変わると循環が落ちる可能性があるので徐々に抜くため管をさしたままにして、
腹水を徐々に抜いています。1リットルちょっと抜いて呼吸が随分楽になってきま
た。しかし、本人は腹水を抜くために我慢する時間が長くかかり、頭の血流も一時的にさがるため
か意識がなくなるのが苦痛らしく処置のときはしかめっつらで目から涙がこぼれ
ます。ひろくんは今一生懸命頑張っているところです。
平成18年12月6日
検査後2、3日は循環がさがりました。(検査等で刺激や泣く運動負荷がかかるといつもこうなります)
食事は少ない量ですが、なんとか口にすることができ、少しずつ元気が戻って来ました。
平成18年12月5日
移植のための検査をするため眠らされ検査室にはいりましたが心臓内科の先生方3人でエコーをみながらセッションされかなり高いリ
スクをおかしてまでその処置をしてもそれほどの効果は期待できないという判断
から処置は中止となりました。ただ眠らせる薬との相性が悪く、夜遅くまで嘔吐に
苦しみました。夜中にやっとおさまりご飯を食べられるようになりました。
現在ひろくんは重度の心不全により、腹水が相当貯留しています。一刻も早い移植手術を必要としています。
Copyright (C) ひろくんを救う会 All Rights Reserved.
|